Elegant Vintage|好きなものに囲まれ、機嫌がよくなる家。
2019/03/05
好きなものに囲まれ、機嫌がよくなる家。
◆行動パターンを基に、動線をクリアに描く
今回ご紹介するのは都内の中古マンションをフルリノベーションしたSさん邸。
50代独身。キャリアのある、いわゆる大人の女性が理想の独り暮らしを構想し始めた時、周囲の友達はSさんにこう言ったそうです。「終の棲家も視野入れた家づくりになるね」と。
それまでの家は「どうしても、そこに住まなければならない」事情のあったSさん。晴れて自分の好きなところに住めるのであれば、「とにかく好きにしたかった」。
まず思い描いたのは居住空間における、「こうありたい」という明確な生活動線でした。
大学時代、住居建築を専攻していたSさんは手書きの図面ラフを指差しながら、
「私がもっとも理想とする動線は…」と切り出します。
① 帰宅後、玄関で靴を脱いだら⇒そのままクローゼットへ向かい⇒服を脱ぎ捨て、⇒トイレへ駆け込める
② 朝起きたら⇒すぐお風呂へ。風呂上りには⇒クローゼットへ直行
③ 買い物帰り⇒キッチンへ直行。買ってきた食材をすぐに冷蔵庫にしまえる
……などなど。いずれも自身の行動パターンを知り尽くした人ならではの発想です。
新築物件の購入では思い通りの動線が叶えられないので、自分で家を建てるか、中古物件をリノベするかの二択になる。管理や維持の面から戸建てよりも「マンションのほうが楽そう」と考え、中古マンションをリノベーションすることに落ち着いたといいます。
それからリノベーションを手掛る各社サイトをチェックし、自分の希望のイメージに近いと感じた数社を絞り込み、「それぞれ担当者に会いに行きました」。
最終的にhowzlifeをパートナーとして選んだのは「デザイナーさんとやりとりをしたときのレスポンスで、話が合うと思ったから」。単に事例を見るだけでなく、「会って話をして馬が合うかを確かめることはすごく大事。父親が建築家で、子どものころから大人同士のやりとりを見て、そこは経験上知っていた」とも。
*リノベーション前の状況
◆悩みの種は、膨大な資料ストックと書籍の数々。
数ある物件の中から、現在のマンションを選んだ決め手は、見晴らしのよさと日当たり。
坂道が多いことで有名な居住区の、とりわけ急斜面の頂きに立地しているため、何と、低層階でも中層階以上の見晴らしが約束されていたのです。部屋からの眺望は「抜け感のある家にしたい」というSさんの希望にぴったり合致するものでした。
その一方で、この心地よい「抜け感」を阻む、どうにも避けがたい課題がありました。膨大な資料のストックと壁を埋め尽くさんばかりの書籍の数々です。それらは紛れもなく、Sさんのこれまでのキャリアと人生を物語る、大切なものでした。そのため、デザイナーには「とにかく本棚がたくさん欲しいです」と最初にオーダーしたといいます。
「いい機会だからと、ずいぶん捨てたんですよ。それでも壁一面は本で埋まることが最初から分かっていました。もちろん、それだけでは足りないことも」
「本の背表紙のごちゃごちゃ感が予めわかっていたため」部屋の配色を白、グレー、茶色の三色を基調として、落ち着いた統一感を保つことに。シルバーの挿し色がまるで白とグレーの展開色のように、いいアクセントになっています。どれも「もともと好きな色」とはいえ、配色のバランスにSさんの個性が光ります。ちなみに前の居住者が残していった天井のシャンデリアはもともと金色だったのを白く塗り直したとか。これが驚くほど、馴染んでいるのです。ドアノブひとつ、椅子の脚ひとつ、どこかちょっと「何か違う」と感じるところがあれば塗り直し、手を加え、お気に入りに仕上げてしまう。何気ないことのようですが、「Sさんは既存のものを上手に取り入れるだけでなく、ご自分のスタイルに変えてしまうのがすごい」と担当デザイナーが感心するほど。
「『この扉はもうちょっとこっちに』とか、ひとつひとつ細かいことが気になって本当にhowzlifeにはご苦労をおかけしたと思うのですが、私としては『もういいや、こだわらなくて』と最後まで思わず、リノベできたことがありがたかった」とSさんは笑いながら振り返ります。
ここからは家中に宿る、Sさんの「こだわりポイント」をゾーンごとに追いながら、リノベプロセスをみていくことにしましょう。Sさんの「理想の動線」がマンションの間取りにどう活かされたのか。この辺りも、しっかりウオッチしたいものです。
◆玄関
訪問客を出迎えるのは可動式の造作棚に鎮座する、帽子と靴のコレクション。
「帽子と靴をいっしょに並べることに、最初はちょっと抵抗があったんです。でも並べてみたら、案外収まりがよかった」。床タイルの錆びたエッジド感が何ともシックで、洗練された落ち着き感を醸しています。さて、ここで玄関入ってすぐの左の扉にご注目を。これがバスルーム&トイレへと通じる動線になっています。さらに右手奥にはウォークインクローゼットへと通じる扉も。Sさんが理想とした「帰宅後、クローゼットで服を脱いでトイレへ」という一直線の動線は構造上叶わなかったものの、こうして二手へつながる動線としてしっかり活かされているというわけです。
◆廊下&資料室
リビングへ向かう廊下はただの通路にあらず。仕事関係の資料が整然とストックされています。手持ちの本棚をそのまま納めるだけでは足りず、新たに可動式の本棚を造作。
Sさんはここに何時間も座り込んで資料を読みふけることもあるそう。マンションではデフォルトといえる玄関の人感センサーつきの照明では用が立たないのでお気に入りの照明に付け替え、資料を読み込むとき用の手動式のライトも常備。言ってみればここは、Sさんの仕事人生が集約された資料室なのでした。
◆バスルーム&サニタリールーム
玄関から直行できるサニタリールーム。実はここ、Sさんの「こわだりポイント」満載の場所でした。いわゆるユニットバスではなく、在来工法を選択。西洋式の入浴スタイルを慣習とするSさんですが、「毎日絶対湯船につかるので足をのばして入ることのできる」大きなバスタブは譲れないポイントだったそう。ホテルライクなソープディスペンサーは造作ではなく、「アマゾンで購入して自分でとりつけた」もの。
さらに洗面化粧台は化粧をするだけにあらず。「アイロンのかかった洋服が好きだけど、アイロンかけは嫌い」というSさん。
願わくば「アイロンは出しっぱなし、コードは差しっぱなし。洗濯機に手を伸ばして洗濯物を取りだし、棚からアイロン台を取りだす。このツーアクションでアイロンがかけられる」ようにしたいとオーダーして設計され、望み通りのオペレーションが可能になりました。
もうひとつ見逃せないのが細部に宿る、「足し算の美学」です。
建材を利用し、モールディング加工された額縁ミラー、既成シールに手書きを施した時計台、「どちらかといえば、汚い感じが好き」という理由で選ばれた、玄関と同じ錆び感のある床のタイルなど。いずれもSさんの遊び心溢れる自分スタイルになっていて、何とも素敵です。またバスルーム&サニタリールームには内鍵のかかる扉がもうひとつあり、これがキッチン&リビングへと通じる動線となっていました。
◆キッチン
システムキッチンの背面には、システム収納家具の先駆けと言われる、ドイツのインターリュプケの食器棚。シンプルでありながら「用の美」とでも形容したくなる美しい佇まいです。「父が祖母の住宅用に購入したもので、思い入れがあった」ので、この食器棚をベースにキッチンを設計したといいます。
シンクや換気扇、床のタイルを選ぶ際、見てくれはもちろんのこと、「掃除が簡単か」。
これが選択する上で、Sさんにとっては重要な尺度だとか。「タイルの色選びもそれが反映されています。多少の埃や汚れがあっても目立たない。それが大事(笑)」
掃除がラクそう、と選んだシステムキッチンのシンクの排水溝はあえて蓋をしない。
「蓋で隠さず、ゴミがたまったら、すぐ捨てる。そのほうが、掃除がラク」だから。
◆リビング&ダイニング
壁一面が本で埋め尽くされていることなど全く気にならない解放感ある、リビング&ダイニングルーム。もともと洋室+和室だった空間を抜いて、新たにフローリング張りをしたため12.5㎝床が高くなってしまったそう。床が窓の桟を覆うよりも「窓全体が視界に入ったほうが、天井が高く見えると思った」ので、段差を利用してインナーテラスを設計。
部屋の印象を大きく左右する床の色は「自分でサンプルを作って、デザイナーにディレクションをしました」。さらに床が持ち上がった分をカバーするため、躯体表しの天井を「白く塗ってもらいました」
窓からの眺めを楽しむため、カーテンはほぼ開けっ放し。夜でもレースのカーテンしかしないので、カーテンレールは一連のみ、とオーダー。
こうしたSさんのディレクションの全てが「心地好い抜け感」の演出効果につながっているというわけです。
この空間にしっくり調和しつつも、存在感を放つトランクテーブルやブリキのダイニングテーブルは何と、「ヤフオクで購入した」ものたち。Sさんのお気に入りはカルテルやHALO。欲しいものが明確なので、ヤフオクに出るまでずっと待っていたのだとか。
「自分の好きなものを選ぶことに関してはすごくわがままなんです」バルコニーのベンチは1100円、カルテルの照明の下にある椅子は1450円、と競り値を聞いてビックリ。ダイニングテーブルの背面に飾られた一連の絵はもらった画集を切って額装したものと聞いて、これまたビックリ。Sさんならではの「わがままな審美眼」あってこそ、モノたちの個性が輝く。そんなマジックが、この家の至る所に溢れていました。
◆主寝室
造作パーテーションとレースのカーテンで仕切られたベッドルーム。天蓋のようにも見えますが、甘すぎない大人のロマンティック感が漂うあたりにSさんのセンスのよさを感じます。聞けば、昔洋雑誌で見て以来、「こういうベッドルームを作りたい」とクリアに思い描いていたイメージがあったといいます。「もともと想定していたのはガラス付きの室内窓でしたが、予算を聞いて、だったらガラスはなくていい」と即決し、カーテンに。
実はこのカーテン、思いがけず重宝しているそう。なんでも引っ越してから、ものすごく友達が訪ねてくるようになり、朝まで飲むこともしばしば。「私は先に寝るから、ゆっくり楽しんで」というようなシチュエーションで大活躍なのだとか。ちなみに、この主寝室はウォーキングクローゼットへ通じ、そのまま玄関へ抜けられるようになっています。
◆リノベーションを終えて
「言葉にするのは気恥ずかしいのですが、好きなものが目に入る人生はいいですね。心に余裕ができるというか、イライラすることが少なくなり、機嫌がよくなりました。これは人生でいちばん大事なことかもしれません。人にも優しくなれるし、発想も浮かびやすくなって、病気にもならない。遊びに来た仕事仲間が『この家にいる時のSさんは可愛くみえる』って言ってくれたくらい(笑)」
「S様邸のリノベに併走して。~デザイナーの視点から~」
howzlife デザイナー黒田由祈子より
「寸法感覚がある方でしたので、最初のやりとりで話が早いな、と思いました。たとえば、扉のサイズ感や出入り寸法などがたとえ小さくとも『これだけあれば大丈夫』など、決断も早い!」
howzlife デザイナー南部瑛美より
「サニタリールームの入り口をふたつつけたい」というSさんからのオーダーは新しい発想でした。バランス感覚がすごく素敵で、なるほど、こういうアイデアもあるんだといろいろ感心しました。
(◎写真 花井智子 ◎ライター 砂塚美穂)